2022年5月11日。

 

 福岡ソフトバンクホークスの東浜巨投手がノーヒットノーランを達成した。つい先日は千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手が日本記録に並ぶ19奪三振で最年少完全試合を達成。さらに中日ドラゴンズの大野雄大投手は延長10回2死までプロ野球史上最長となる完全投球を見せるなど、今年のプロ野球ペナントレース前半は超投高打低の様相を呈している。

 

 しかしその中にあって東浜投手のノーヒットノーランは何だか嬉しい。佐々木朗希投手や大野雄大投手の完全投球は、まさに打者を圧倒するモノだった。それに対して東浜投手は頭を使い、序盤にインコースを攻めて意識付けをし、試合後半は外角の変化球でタイミングをズラしていくという1試合通じての配球にストーリー性を感じた。もちろんそれは捕手である甲斐選手の巧みなリードもあって、まさにバッテリーで達成したノーヒットノーランだったように思う。試合後の記者会見で東浜投手はそのことに触れ、「試合中もよくタク(甲斐捕手)と話し合いながら進めていった。二人で達成したノーヒットノーラン」とコメントしている。打者27人に対し被安打0、四死球2、97球で6奪三振と、「マダックス(100球以下での完封勝利)」同時達成の投球内容を見ても、「打たせてとる」ピッチングで成し遂げた快挙と言える。

 

 私は野球の醍醐味はここにあると思っている。東浜投手も最速150kmを超えるストレートと、亜細亜大学伝統の「ツーシーム」というウイニングショットと、そして確かな制球力といったプロの投手の中でも秀でた武器を持ってはいるものの、佐々木朗希投手や山本由伸投手、千賀滉大投手のような圧倒的なボールを投げられるわけではない。しかしそれでも野球というスポーツをよく理解し、自己分析をし、頭を使いよく考えてプレーすることで、身体能力で勝る選手にも劣らないだけの結果を残すことが出来るのだ。東浜投手のノーヒットノーランは多くのアマチュア選手の手本となり、希望を与えてくれるものだと思う。

 

 東浜投手といえば沖縄尚学在学時代、高校3年春の選抜で甲子園優勝投手となった。プロ注目選手となったが亜細亜大学に進学して1年春からリーグ戦登板。初登板から2試合連続完封勝利を達成し、「1年生投手による初登板から2試合連続完封勝利」は東都大学野球連盟史上初の快挙だった。その後も輝かしい成績を残し、大学4年次にドラフト1位で福岡ソフトバンクホークスに指名された。また大学時代に教職課程も履修しており、ドラフト1位の教育実習生として学校を訪れたこともテレビで特集されていた。私も大学時代に同じ東都大学野球リーグに所属する大学で野球に没頭しながら、教育実習に行った思い出があったので、一瞬自分とダブらせたがもはやレベルが違う(笑)。比べること自体失礼だ。プロ入りの際、亜細亜大学の生田監督も東浜投手の人間性を高く評価するコメントを残しており、「天は二物も三物も与える」と思わされたものだ。ただ私が東浜投手のことをプロ入り後も何となく注視してきたのは、同じ東都大学野球リーグ出身で教職課程を履修していたという事実を知ったからだったと思う。

 

 しかしそんな鳴り物入りでプロ入りしたハズの東浜投手もプロの高い壁に阻まれる。即戦力右腕として1年目からローテーションの一角を担う活躍を期待されていたが、思うように結果が残せず入団して3年の大半は2軍生活を強いられた。転機が訪れたのは4年目の2016年。2015年に福岡ソフトバンクホークスの監督に就任された工藤公康監督が、東浜投手の身体を見て「プロの身体じゃない」と言い、3年燻ぶっていた彼に肉体改造を言い渡す。来る日も来る日もトレーニング、走り込み、投げ込みに明け暮れ、試合登板日さえ「身体中筋肉痛です」といったコメントを残している。しかしその甲斐あって徐々に結果が現れはじめる。2015年までの3年間では1軍登板わずか18試合に留まっていたが、2016年は1年間ローテーションを守り23試合に登板して9勝(6敗)を挙げる。そして翌年の2017年は16勝(5敗)を挙げてリーグ優勝とそして日本一に貢献した他、リーグ最多勝のタイトルまで獲得した。

 

 私はこの時思った。プロ野球の華やかな世界でもどれだけ陰の努力が必要なのかと…。もちろん持って生まれた才能も必要だが、それ以上に誰にも負けないくらいの練習量がやはりモノを言う。楽をして大きな成果を得られることはない。そして戦う根本となるのは身体の強さだ。最近中学生を見ていてよく思うが、身体が成長と共に大きくなってきて強くなってくると、技術力は然程変わっていないのにプレーの質が上がってくる。今まで出来なかったプレーが身体の成長に伴って出来るようになるのである。

 

 中学生の身体は人によって成長速度が違うから、例えば身体の小さい選手が自らを悲観することはないし、むしろ小さいからこそ出来るプレーもある。そもそも野球は大きい選手がホームベースを踏んだからといって1点が2点や3点に変わるようなスポーツではないのだから、頭を使って考えればいくらでも活躍出来るハズなのだ。ただもし自分の身体が小さくてパワー不足他に悩まされているのなら、大きくなる為の努力はするべきだ。毎日の食事の量を少しずつ増やしていくとか、チームで取り組んでいる「捕食」を平日も自らに課すとか、ちょっとした積み重ねが身体の成長をより加速させる可能性はある。

 

 私も高校時代に太れなくて悩んでいた。小学生の頃から「痩せの大食い」と言われ、大食漢として周りに見られていたが、それによって「自分はよく食べる方だ」と勘違いしてしまっていた。高校時代も太れていないのに自分では「食べている」と思い込んでいた。しかし大学に行って寮生活をしてみると、身体の大きな選手がどれだけ食べるのか?というところに衝撃を受けた。それから自分の意識を変え、1日4000キロカロリー(一般の成人男性は1日平均2000キロカロリー)の寮食に加えてプロテインやアミノバイタル、クレアチンなどといったサプリメントも積極的に摂取した。4年間のウエイトトレーニングの甲斐もあって10キロの増量に成功し、それに伴って球速も4年間で18キロアップした。そう、やれば変われるのだ。変わらないのはやっていないだけ…。

 

 あのイチローさんも常人では考えられないくらいの努力を重ね、あの地位を築いたことは有名な話しだ。大谷翔平選手もあれだけ恵まれた才能を持ちながら、自らを高めようとすることを一切やめない。「まだ自分はピークを迎えていない」と言い切る。元日本ハムファイターズ栗山監督の本にも書かれていたが、先輩方にお酒を飲みに行くことを誘われても「食事には行きますけど飲みには行きません」とキッパリ断るそうだ。「飲みに行くことの何が面白いのですか?野球で活躍することの方がよっぽど面白いじゃないですか」と本気で言うという。

 

 何をもって「普通」と言うかは別として、私の感覚の中での「普通」の人とは優先順位が違う。でも「普通」の人はそれだけの練習や努力をしていないくせに、「あいつは持って生まれたモノが違うから」「俺にはあれだけ練習が出来るだけの環境が無いから」「あんなに練習したら身体が壊れてしまう」などと色々それらしい言い訳を並べ、苦しいことから逃げて、「やらない」という選択をしてしまう。そして競争に負けた時、「俺には才能が無かった」と言う。

 

 東浜投手は高校~大学の輝かしい実績からすると、「プロに入って初めて壁にブチ当たった」と言えるかも知れない。しかし工藤監督からの言葉を受け入れ課題を克服し、福岡ソフトバンクホークスの背番号16としての地位を確かなものにした。そしてとうとうノーヒッターにもなった。今も尚、若い頃のようなトレーニングの毎日を続けているのかどうかは分からないが、少なくともプロの世界で生き抜いていくだけの不断の努力を怠ることはないだろう。そうでなければあの華やかな舞台に立つことすら出来ないのだから。

 

 「俺には才能が無かった」と言って自らのプレイヤー時代に終止符を打った「普通」の人とはまさに私のことだ。何故あの時もっともっと頑張れなかったのだろう…、何故もっとあの時ガムシャラにやらなかったのだろう…。今、東京和泉シニアに所属する選手達には私と同じ後悔をして欲しくない。学生生活を送れるのはこの上ない幸せだ。親御さんがお金を出してくれて夢の手助けをしてくれる。自分自身の気持ちさえ奮い立たせれば、やりたいことを全う出来る。この幸せな時間、今この時、この瞬間を是非大切にして欲しい。何ふり構わずガムシャラにやることが一番カッコイイ。毎日を充実させて生きて欲しい。

 

 そう願ってやまない。

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