2023年3月26日(日)
ミーティング @永福地域センター
先週に続き雨に降られグラウンドでの活動が出来なかった。土日共に雨の影響で両日グラウンドに出られなかったのはかなり久しぶりだ。夏の大会までの準備期間が残り僅かとなっているこの時期に、しかも常総シニアさんとのオープン戦も組んでいたこともあって何とも口惜しい。毎日活動出来るわけじゃない我がチームは、やはり選手達がどれだけ意識を高く持って平日に各自練習出来るかどうかということが重要だと思わされる。
我がチームの活動は基本水・土・日の週3日。1週間は7日だから活動していない日の方が多い。そして水曜日は硬式球が使用出来ない中での僅か3時間の練習で、土曜日は登校日で選手が揃わない日もありさらにフリーバッティングが出来ないという制限もある。実際に1日めいっぱい練習出来ている日は、坂東で過ごす日曜日のみというのが現実だ。毎日練習が出来るような環境があるチームはやっぱり強いし羨ましくも思うけど、でもだからと言って諦める訳にはいかない。勝利を目指すのなら、無い環境を嘆くよりその中でどうするか?にフォーカスすべきなことは火を見るより明らかだ。
日曜日は午後に永福地域センターにてミーティングを行った。春の大会に敗れて以降、夏の大会の目標を改めて確認しその達成の為に短い期間を如何にして過ごすかということをチームで話し合えていなかった。それを監督・コーチ・選手で共有する良い機会だと捉えた。
選手達からは「良い結果を残すことで東京和泉シニアに入りたいと思ってもらい部員を増やしたい」という意見が出された。私は嬉しかった。選手達がそのような意見を出してくれるということは、「このチームを愛してくれている証拠だな」と、「きっと東京和泉での野球を楽しんでくれていて、このチームが卒団後も存続していって欲しいと思ってくれているのだな」と思えたからだ。来都や剛や凌や洋介のように、OBがコーチに来てくれているのも、このチームの為に何か力になれないかと思ってくれているからだ。そんな24期分のOB達の想いも段々と継承されてきているというか、確かに紡いでこられていることを実感した。
私は夏の大会に敗れた時、あるいは卒団式の時に3年生に向けていつも話している。「このチームをより良いチームにすることで敗戦に報いたい」と。「皆が東京和泉シニアの卒団生であることを誇りに思えるチームにする」と。毎日毎日その言葉が嘘にならないように全力で活動しているつもりだが、結果としてその約束を果たせているかと言えばそうではない。監督として、組織のリーダーとしての無能さを思い知らされ、打ちのめされ、だからこそ勉強を怠らないようにと思ってはいるが、何か分かり易い結果を残さなければOB達に示しがつかない。「頑張っています、だから認めて下さい」では誰も納得しない。
話しは全然違うのだけれど、25日(土)には熱海で行われた株式会社藤原照康刃物工芸150周年記念パーティーに出席した。何を隠そう私のカミさんの実家は包丁屋さんで、会社の代表取締役を務めるのが私の義理の父にあたる渡邉浩二郎さん(以降:親方)だ。会社は明治3年創業で親方は四代目にあたる。昔は「刀工」として日本刀を製作していたとのことだが、現在はその伝統の技を現代の実用具である包丁に注ぎ、プロの料理人から家庭まで幅広く支持を得ている。
我がチームの歴史はまだ25年。親方の会社は150年。桁が違う。どんな組織でも150年続くって半端なことじゃない。その組織のリーダーである親方を慕って沢山の人が訪れていた。私の父と母もお招き頂き感謝しかない。親方は「ザ・職人」ていう感じで昔ながらの頑固一徹親父みたいな雰囲気を醸し出しているが、話してみるととても優しい人だ。そして厳しい職人の世界、昭和の時代を生き抜いてきた人だから、物事の筋を通す信念を持っている。私が東京和泉シニアの監督になりたてで、なかなかチームの足並みを揃えられなくて苦労していた頃、「信念を持ってススムだけ 雑音は聞く耳持たない」とラインをくれたことがあった。「ススム」は私の名前とかけて送ってくれたのだと思うが、後ろ向きになっていた私に勇気を与えてくれた言葉だった。
そして親方の奥様にあたる女将さんがまた「ザ・妻」のような素敵なお人。いつも親方の一歩後ろを歩き、内助の功とは女将さんの為にあるような言葉だとさえ思える。
そんな由緒正しき職人の家の娘を嫁に迎えている私なわけだが、その渡邉(カミさんの旧姓)家から沢山のことを学んでいる。小川家だけの教育と、そして野球ばかりやってきてしまった私は井の中の蛙だった。親方と女将さんに出会って、社会人として生きるとは何たるかを教えて頂いている。それが仕事にも中学生指導にも役立っていることは言うまでもない。私に刀鍛冶職人の世界が分かる筈もないし、軽々しく口にしてはいけないとさえ思っている。それでも茨城にある工場で何百度という火の前で実際に刀を打っているところも見させて頂いたこともあるし、そういう経験は誰にでも出来るということでもなく、私の感性を豊かにしてくれるものだと思っている。
これからもまだまだ親方と女将さんから学んでいきたい。まだまだお世話になって、まだまだ甘えさせて頂きたい(笑)。これからも元気で頑張って下さい。この度は150周年おめでとうございます。藤原刃物の益々の発展を祈念致しております。