2025年4月6日(日)
オープン戦 対深谷彩北シニア 0対11 ● @深谷彩北シニアG
桜が満開となって迎えたこの度の週末から、新1年生(29期生)の活動が本格的にスタートした。桜が満開になると大体雨が降ってすぐに散ってしまうのが毎年の私の印象だが、でも今年は満開になる前に雨が降ったお陰で、桜が見頃を保ったまま学校の入学式時期を迎えることが出来た。桜の開花が早く葉桜になりかけている時に入学式となると、ちょっと残念な気持ちになるのは私だけだろうか。満開の桜が新入生を迎えて欲しい。私はいつもそう思っている。
春の陽気は何故か学生時分の頃を想い出させてくれる。小学校、中学校、高校、大学と、環境が変わるその時その時が脳に深く刻み込まれているからだろうか。期待と不安が入り混じったような気持ち、ちょっと生暖かく感じた風、その時の匂い、校舎の窓から見た景色などが、走馬灯のように蘇ることがある。きっと29期生達も沢山の希望を胸に我が東京和泉シニアへ入団してきてくれたことだろう。期待を裏切らない活動を、そして中学野球を存分に楽しめる環境を提供出来るように、今後も精一杯努力していきたいと思う。
この度の週末はなるべくその新1年生を見るようにした。最初なので右も左も分かっていない1年生に、東京和泉シニアは何を目指しているのか、その為にどのように活動しているのか、一つ一つ教えていかなければならない。昨年までは3学年併せても4月時点では37名だったので、上級生達と一緒に活動することで覚えていってくれればと考えていた。しかし今年は48名。東京和泉シニア活動時の1日の流れをある程度覚えるまでは、上級生と切り離して活動していった方が効率が良いと思った。
そんなこともあり深谷彩北さんとのオープン戦は見ることが出来なかった。試合結果だけを見れば大敗のようだが、コーチ陣に聞けばそんなに悲観するほどの内容ではなかったとのこと。紙一重でどちらに転んでもおかしくないゲーム内容だったそうだ。映像を見ても選手達が勝つ為に「何をしなければいけないのか?」ということが分かっている様子が伺えた。3年生がある程度「自走する集団」になりつつあることが分かっているから、私が新1年生に時間を使う選択が出来る。1年生のスタートももちろん大事だが、何と言っても活動のメインは大事な夏の大会をおよそ一ヶ月後に控える3年生。1年生の活動が3年生の邪魔になってはいけない。そうならないアプローチで残り少ない3年生の活動を支えたい。
「桜」は私の中でもう一つ大きな存在がある。私の母が営んでいた居酒屋の店名が「桜」だったのだ。私が大学入学と同時に永福町で始めた居酒屋さん。もともと料理が得意でお酒が好きだった母は、お店を出すのが夢だった。私はその年(2000年)の2月から神奈川県伊勢原市にある専修大学硬式野球部の寮に入った為、「息子にお金はかかるけど手はかからなくなった」というのも、当時48歳だった母が「自分のお店を出す」という一大決心の背中を押す要因の一つになったそう。お店の名前は「おばけ」が最有力候補だったのだが、隣にお寺とお墓があったので、「シャレにならない」という話しになり、4月オープンということも相俟って「桜」に決定した。
その後、母は私の学費と寮費、生活費、遠征費他を稼ぐ為、私が「大学野球を全う出来るように」と馬車馬のごとく働いてくれた。あれは大学1年の夏だったか…。北海道キャンプのメンバーに選ばれ、寮の1階に設置された黒板に「北海道キャンプメンバーは遠征費を振り込むように親に連絡すること」と書かれていたので母に電話をした。「またお金がかかっちゃう」と話すと、「そんなことは何も気にするな。私がどんなことをしてでも用意するから。あなたは一生懸命野球をやりなさい」と言ってくれた。涙が溢れて止まらなかったが、泣いていることがバレるのが嫌で、「わかった」と一言だけ言って電話を切った。
母は結局21年お店を続けた。私が大学野球を終え退寮をし、実家に帰った後も夕飯はいつも「桜」だった。東京和泉シニアのスタッフもよく「桜」の2階の座敷に集まり、「ああじゃない、こうじゃない」と野球の話しをしながらお酒を飲んだ。母のつくる家庭料理は絶品で、地元の人の胃袋を鷲掴みにした。いつの日か、「桜」は永福町の文化の一つになった。
お店の20周年は地元の人達が集まって盛大にお祝いしたが、次の年にコロナ渦となって飲食店は厳しい状況に追い込まれた。私と妹が既に結婚をして家を出ていた為、もうお店を続けることにそこまで意義を感じていなかった母にとって、店を閉める決断をする引鉄になったことは間違いないだろう。現在母は父と一緒に所沢へ移り住み、東京和泉シニアを少し離れたところから見守ってくれている。
来週は春季城北ブロック大会1回戦を迎える。相手は昨秋の東東京支部大会敗者復活1回戦で敗れた練馬中央シニアさん。まさにリベンジを果たす時が来た。試合したのは昨年9月8日(日)。あれから約7ヶ月。2・3年生が過ごしてきた日々を思い切ってぶつけて欲しい。桜の木がピンク色から緑色に変わると、リトルシニアは勝負の時を迎える。