2026年6月28日(日)
練習 @和田堀公園
先週に引き続きこの度の週も土日共に雨に降られてまともに練習出来なかった。土曜日は1年生は休みにして、2・3年生のみ室内練習場を借りて午前中だけバッテイング練習を行った。日曜日は予定されていた3年生の東西東京卒業生大会及び、1・2年生のオープン戦も中止。雨が止んだ頃を見計らって、14時から3時間だけ走り込みや素振りといったフィジカルトレーニングで汗を流した。
日曜日の活動については本当に迷った。朝方は午後には雨が止む予報だったが、時が経つにつれて午後も雨が降る予報に変わっていった。台風が二つも続けて関東に接近した週末だ。こういう時くらい休みにして、選手はもちろん、スタッフにも各家庭にも休息を与えても良いじゃないかと思った。私自身も家族との時間を過ごしたいとも思った。だけどやっぱり夏の大会の敗戦が頭から離れなかった。誰もが休みたいと思っている時に踏ん張らなかったら、今までと同じである。先日の選手達とのミーティングで、「我がチームに根付いてしまったやり切らない文化を変えよう」と話している以上、私が甘えてしまったら何もかもが崩れてしまい無駄になってしまう。ちょっとでも個人を高め、チームを高められる時間と場所があるのなら、それを積み重ねることをしないで何が全国大会だって話だ。きっと選手達も試合をしたかったことだろうし、公園で走り込みやトレーニングしか出来ないとなれば、モチベーションもなかなか上がらないことはよく分かっている。でも辛いこと、やりたくないこと、それに敢えて取り組むことを重ねることが、勝負の時に無形の力になると改めて信じることにした。
組織のリーダーは度々こういった決断を迫られる。自分のことを「リーダー」などとおこがましくてあまり言いたくないのだが、一応「監督」という肩書がついてしまっている以上そういうことになる。本日活動すべきか否かなどにとどまらず、スタッフの配置、オープン戦の相手、イベントの日程、ベンチ入りメンバー及び背番号決め、采配などなど、迷っては決断の連続だ。サッカー日本代表の森保監督は、ご自身の立場を「決める係」と表現されていたが、まさにその通りだ。
そしてその決断には葛藤がつきものだ。色々なことを想定するし、色々な人の顔が想い浮かぶ。「人がどう思うか?」じゃなくて、「自分がどうしたいか?」が大切のハズなのだが、後から思うと余計なことも沢山考えてしまっている自分がいる。どれだけ迷っても結局最後の判断材料は「選手達にとって何が一番幸せか?」になるのだけれど、そこに至るまで「ああじゃないこうじゃない」と考え過ぎて決断が鈍くなるのは私の悪い癖だ。これが試合中の采配に現れてしまうこともある。それが命取りになると何度も経験し十二分に理解しているのにも関わらずだ。組織のリーダーの決断は出た結果によって評価される。監督の采配を例にとってみれば、負けた場合は批判の的になるが、どんなにチグハグな采配でも勝てば評価の対象になる。会社の社長なら売り上げが良ければその采配は正しかったということになるし、利益を損なえば失敗だったということになる。
私は自分が勤める会社でも社長に対する陰口を耳にすることがある。「なんでこういうやり方しか出来ないのだろう?もっとこうすればこんなことにならなかったのに」と。でも私はこういう言葉を聞くと無性に腹が立つ。とんでもない「後出しジャンケン」だと思うからだ。社長は結果が出ていない、どうなるか分からない状況でその決断を下しているのだ。その決断に至るまでに様々なことを想定して、多くの人に気遣いをしながら、時には肉を切らせて骨を断つようなこともしていることだろう。そういったことを想像もせず、表に出てきた結果だけを見てモノを言うのなんて、ハッキリ言って誰でも出来るし卑怯とさえ思う。社長は社員とその家族を背負い、度々訪れる決断の連続に不安を覚えることもしばしばあることだろう。怖さも後悔も抱えながら社員の幸せの為に努力しているのだ。「結果」という一部分だけを切り取って評価するのはあまりに残酷だ。文句を言うなら「じゃあお前がやってみろ」と思う。陰口を叩くくらいなら、もしその決断が間違っていると言うのなら、結果が出る前に社長に直接面と向かって意見するべきだ。それをしない選択をしたのならば、どんな結果になろうとも社長の決断を尊重しなくてはならないと思う。
私自身、これまで何度も「失敗した」と思う采配も、その瞬間瞬間は「これが最善だ」と思って決断している。投手交代か?続投か?バントか?盗塁か?あるいは強攻か?全て結果がどうなるか分からない状況で決断しなければならない。過去の経験から正解が導かれることもあるが、反対に経験を重ねれば重ねるほど怖さも増してくる。外から見ている人はいつの間にやら評論家のようになって、「あそこがダメだった、ここをこうすれば良かった」などと散々陰口を叩かれ批判を浴びてきた。監督になって間もない頃は、そんな周りの声が否応なしに耳に入り気になって仕方なかったが、今となっては聞く耳持たなくなった。理由はやはり、ある時それが「後出しジャンケン」であることに気付けたからだ。
試合の采配はその当日だけで決まるものではない。その試合を迎えるまでのチームの歩み、選手の日々の取り組み、各選手の得意不得意も含め、全てトータルして決めている。朝が早過ぎる活動も、遠過ぎる遠征試合も、W台風の日の練習も、その決断には歴史があり、経験があり、過程があり、想いがある。私は自信を持って東京和泉シニアの「決める係」である。