2026年7月15日(水)
練習 @哲学堂公園野球場
2020年冬。身長140cmに満たない、東京和泉シニア史上最少と表現出来るほどの小さな小学6年生が体験に来た。名前は加納奏音(カノウソウル)。「超カワイイ子が来たな」というのが第一印象だった。でもバッテイング練習になるとその小さな身体を目一杯使ってフルスイングする姿に目を奪われた。誰よりも小さな身体には、誰にも負けない闘争心が宿っていることが感じ取れた。
彼は中学2年には1つ上の学年の試合にも出るようになった。ファイト溢れるプレーには目を引くモノがあったが、フィジカル面のハンデはどうにも拭い切れず、力負けしてしまうことが多かった。最高学年になった2年秋、私は彼を主将に任命したが、3年生になっても身体は大きくなって来ずなかなか試合で結果を出すことが難しかった。身体の割にはスイングワークが大き過ぎるので打っても差し込まれるし、肩も弱いから大きく身体を使い過ぎて暴投が多かった。走ってもスピードが出ないから内野安打もとれないし打球にも追い付けない。中学3年の秋頃からようやくバットスイングに自分の身体が追い付いてきたというか、コンスタントに試合でヒットが打てるようになってきたくらいだ。
でも私は彼のバットスイングを変える気にはなれなかった。足が速いとか、別の生きる道を思い描ける子だったらそういうことも考えたかも知れないが、足も遅いし特段守備が上手い訳でもない。だったらこの小さな身体で長打を打てる選手を目指した方が彼の未来が明るくなる気がした。何より、「ホームランを打ちたい」という想いが彼のバットスイングから溢れていた。
2026年7月10日(金)の晩。ソウルからの電話が鳴った。私はお客さんの接待中で電話に出られなかったが、家に帰って携帯を見るとラインが入っていた。「背番号7をもらいました」と。彼は東京和泉シニアを卒団後、埼玉栄高校へ進学した。甲子園出場経験のある強豪校へ行くこととなり、「あんな小さな身体で大丈夫か?」と心配していたのだが、彼は立派に務めあげた。
7月15日(水)。県営大宮公園野球場へ、埼玉栄高校対市立川越高校の試合を観戦に行った。もちろん、ソウルの晴れ姿を見る為だ。スターティングオーダーに名を連ね、彼は4番に座っていた。3年前と比べて身長は然程大きくなっていないが、横には相当太くなった身体で打席に向かい、スタンドの大応援からの声援を背に受けて構える姿は、強豪校の強打者そのものだった。あの時、あのフルスイングを見た時に「私が感じた何か」に間違いは無かった。だからこそ「彼のバッティングを変えることはしない」とした判断も、やはり間違いではなかった。私の目に狂いは無かった。早めに足を上げてタイミングをとり、ゆっくりと踏み出していく打撃フォームは、持ち前のフルスイングから生まれる長打だけでなく、率も残せるだろうことを物語っていた。私が好きな打ち方だ。立派に埼玉栄高校の4番打者だった。
終盤まで競り合った好ゲームだったが、試合には残念ながら敗れてしまい、ソウルの高校野球は終わりを迎えた。泣き崩れるチームメイトと共にラストミーティングを終えて、ベンチ入りメンバーの選手達はチームバスに乗り込んでしまった。最後にせめて「お疲れ様」とだけ言ってあげたくて、「ひと言でもいいから話せないかな」と思ってマイクロバスの近くまで寄ったら、ソウルがガラッと窓を開け、散々悔し泣きをしたのだと分かるくらい目を腫らした顔を出してくれた。私はすかさず手を伸ばし握手を求めた。沢山バットを振ってきただろうと分かるゴツっとした手を握り締めて、『ありがとう』と想いながら「よく頑張った」とひと言だけ伝えた。
ソウルが埼玉栄高校野球部在籍中、2024年11月にグラウンド整備用の車が横転し助手席に乗っていた男子生徒が死亡する痛ましい事故が起きた。そんなことも含め、この最後の夏を迎えるまでにきっと色々なことを経験して、沢山苦労をしてきただろうことは想像に難くない。親御さんも懸命にサポートしてきて迎えた最後の夏だったと思う。スタンドにいた親父さんにもお会いしてご挨拶させて頂いたが、敗戦を悔しく残念がっていた。でも私はそんなソウルが誇らしかった。幾多の苦難を乗り越え、堂々と強豪校の4番を張り、高校野球をやり遂げてくれた。東京和泉シニアとしてもこんなに嬉しいことは無い。
3年連続で教え子の高校野球を観戦することが出来た。仕事の合間を縫ってになるので、なかなか全ての選手の最後の夏を見届けることは出来ないのだが、成長した姿を見せてもらえることは堪らなく嬉しく、そしていつまで経っても可愛くて仕方がない。私がいつも想う「通過点であるがゆえの葛藤」すら馬鹿らしく思えてきてしまう。格好よく言うと(笑)、「もうこれでいいじゃないか、意地を張るなよ、いい加減自分を許してやれよ」って甘い囁きを言われている感覚だ。「中学野球なんだから」、「通過点なんだから」、「高校で活躍すればそれでいいんだから」と色々な人に言われてきたけど、でもだから負けていいって絶対に思いたくなくて、負けていい試合なんてあるハズなくて、勝っていない自分をどうしても許せないんだけど、だけどソウルにあんな立派な姿を見させられたら、自分を肯定してしまいそうだ。
私に「勝たなくていい」って仰って下さった多くの中学野球指導者の方々は、別に勝てないことの言い訳にしているのではなくて、こういった瞬間を沢山目の当たりにしてきた経験から出ている言葉だったのかも知れない。ただ単に私のモノの見方、考え方が偏っていて、その言葉のもっと深い部分を見られていなかったからこそ、より拒否反応を起こしていたのかも知れない。
もちろん私は今後も勝ちを諦めない。だけどソウルのような卒団生を毎年輩出していることは、もっと誇って良いことだと思った。