2026年9月13日(日)
秋季東東京支部大会2回戦 対世田谷西シニア @板橋シニアG 1対11 ●
板橋シニアグラウンドにて、世田谷西シニアさんを相手に秋季東東京支部大会2回戦を戦った。結果は惨敗。初回から世田谷西シニアさんの猛攻を受け、チームとしての力を発揮させてもらえないままゲームを終えた。ただ幸いなことに秋は敗者復活戦がある。まだまだ目標達成の為の道が閉ざされた訳ではないので、気持ちを切り替えて挑んでいきたい。ただ、今年は例年より1週遅く大会がスタートしたこと、さらには雨により試合が流れたこと、そして1年生大会が例年より3週早くスタートすることなどが重なり、シルバーウィークは勝てば勝つほど連戦に次ぐ連戦となりそうだ。
最近、「才能ってどういうことなのか」と考えることがある。中学野球日本一の世田谷西シニアさんには、才能のある選手が集まっているのだろうか?プロ野球球団のジュニアチーム出身の選手が在籍しているかも知れないが、それだけで毎年強いなんてことは有り得ない。そもそもジュニアチーム出身の選手は才能があるということなのだろうか?持って生まれた才能によって決定されてしまっていることなのか?「小学生まで」という時間で区切ったとすると、それが色濃く出ている部分もあるのかも知れない。でもきっとそれだけではない。この世に生をうけてから選考に合格するその日まで、「どんな毎日を過ごして来たか?」による部分の方が圧倒的に大きいハズである。
私が中学野球を20年見て来て思うのは、結局結果を残す選手と言うのは「積み上げ」が出来る選手であるということ。小さなことをコツコツと積み重ねることが出来るかどうか。一見能力的に劣っているように見える選手でも、3年経つと能力差は縮まって来るし、逆転も度々起こる。そういう意味で東京和泉シニアの卒団生で代表的なのは日本通運で活躍した木南である。彼が入団してきた時は、お世辞にも才能に溢れた選手とは言い難い選手だった。唯一、キャッチャーとして座った時の雰囲気とスローイングのカタチが良かったくらい。肩自体は弱かったのでセカンドまでボールは届かないし、打っても外野の芝まで届かないし、走っても遅い。木南の代は東京和泉シニアが全国大会に出場した年だったので、同学年には才能に溢れた選手も沢山いた。でも最も長く生き残ったのは木南だ。千葉経大付属から帝京大学、そして日本通運では10年連続で都市対抗に出場し、社会人侍ジャパンとしてアジア大会のメダル獲得にも貢献した。彼は誰に何と言われようと、一切ブレずにコツコツと努力を積み重ねることが出来るお手本のような選手だ。
私はどうであったろう。才能が無かったからプロ野球選手になれなかったのだろうか?いやそんなことはない。振り返れば反省しかない。「もっとこうしておけば」と思うことは山ほどある。今の考え方のままプレイヤーに戻ることが出来たのなら、間違いなく結果を変えられる確信がある。私は肩も強かったし、足も速かった。野球だけでなく他のスポーツをやってもそれなりに出来てしまっていたし、身体は小さかったが身体能力という点ではむしろ優れた方だったのではないか?結局積み重ね、積み上げていくことが出来なかったのが私のプレイヤー時代である。そして「才能が無いから東京和泉シニアを強く出来ない」とも思わない。積み重ね、積み上げが足りていないだけ。勉強不足。努力不足。そう思うようにしている。
しかし先日、「あっ、俺ちょっとこの才能あるかも」と思った出来事があった(笑)。とある建設現場で行われた安全衛生協議会での一幕。建設現場では月に一度、元請職員と業者の番頭が集まって協議会を開くことが法律で決められている。「今月はこのように工事を進めて参りました。来月はこういった工程になりますので、安全に工事を進めていきましょう」という会だ。その協議会で毎月一社、自社の安全への取り組みとして発表する時間が設けられていた。このような取り組みをする現場は15年建設会社に勤めていて初めてだ。「安全訓話」といって朝礼時に5分程度話すことくらいは経験があるが、協議会の時間の中でわざわざ投影資料まで作成して臨むというのは新鮮だった。
テーマは「当たり前のことを当たり前にやる為に ~組織マネジメントの視点から考える~」と題し、やっぱり野球を例に出して話しをした。平日は雇われサラリーマンで、週末になるとチームをマネジメントする側に立場逆転。「人に使われる立場」と「人を使う立場」の両方の心理や、なかなか人に思うように動いてもらえない経験や失敗談なども交えながら、現場で作業する職人さん達に如何に気持ちよく、そして安全に働いてもらう為にどうしたら良いかということを、私なりの考えで話させてもらった。パワーポイントのスライドは15枚程度。時間にして10分強。
発表を終えると沢山の人に褒められた。他社の番頭さんには「ハードルを上げられた」と言われ、ゼネコンの方には「分かり易かった」、「我々のような立場の人間には良いテーマだった」、などと言って頂き、正直言って気持ちいい(笑)。それで思った。「俺、才能あるかも」と。単純(笑)。人前で話すことも別に緊張しないし、スライドの作成とかも苦にならない。「こう話したら分かり易いかも?」と勝手に神がおりてくる(笑)。
でも「才能」と先ほども書いてしまったが、結局はこれもたぶん「積み上げ」。大学時代に教員免許を取得するのに教育実習で教壇に立った。東京和泉シニアで毎週のように人前で喋る機会がある。曲がりなりにもチームをマネジメントしてきた経験。それを勉強する為に沢山本を手に取って読み続けてきたこと。この日記を毎週アップすることを5年継続していること。その「積み上げ」「積み重ね」こそが、その人の能力だ。「才能」という言葉とは、ちょっとニュアンスが違う。