2026年10月4日(日)
オープン戦 対千葉緑シニア @千葉緑シニアG 4対4 △
東京都心では36日連続で降雨を記録し、1876年以降の統計史上最長となった。雨ばかりの9月から一転、10月最初の週末は久しぶりに青空が広がった。7月~8月も今年は例年に比べると多少酷暑日が少なかった印象で、残暑厳しいと言われる9月も雨の影響で比較的涼しく感じる毎日だった。いつまた暑い日に戻ってしまうかと身構えていたが、雨雲が晴れたと思ったらそのまま秋が訪れた。朝晩は肌寒く、街を歩いているとキンモクセイの香りがする。スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋。私はスポーツも本を読むのも食べるのもみんな大好き。私は四季の中で秋が一番好きだ。
本音を言えばこの時期も緊張感のある公式戦を戦っていたかった。秋季東東京支部大会は佳境を迎え、勝ち残ったチームは関東大会代表決定戦を戦っている。東京和泉シニアは先週の東練馬シニア戦に敗れ、また土曜日は秋ヶ瀬で練習、そして日曜日はオープン戦という日常に戻った。来年の2月中旬から行われる春季東東京支部大会へ向けて、最初のオープン戦は千葉緑シニアさんにお邪魔した。これから約4ヶ月半をどのように過ごすかが、来春・夏の運命を左右する。私はこれからもう少し選手達の自立を促したいと思っている。土曜日の練習を見ていても、誰かに指示されないと動けない様子が目立った。「勝つためにどうすれば良いか?」をもっと選手自身が考えられるような環境を提供していかなければならないと改めて思った。毎年この時期には実施しているが、この度のオープン戦は久しぶりにノーサインで行った。我がチームが守っている時のポジショニングも選手達に任せ、もちろんバッテリーの配球も全て選手に考えさせた。
やはり序盤は皆どうして良いのか、何をすれば良いのか分からずアタフタしていたが、後半は慣れて来て通常のメンタルで試合が出来ていた。人が一番不安になる時というのは、自分が何をどうして良いか分からない時だ。自分のやるべきことが明確になっていれば、プレッシャーも半減させることが出来る。試合後の反省でもノーサインゲームの意図を説明した。これまではコーチ陣の指示のもとその通りに動くだけだったが、これからは「今何をしなければいけないのか?」を考えて自発的に動いていくことを求めていくと伝えた。いきなり出来るようにはならないから、少しずつで良いから「自走する集団」へと変貌を遂げられるように努力していきたい。
10月7日(水)には「第31回東京和泉シニア応援ゴルフコンペ」を今年も開催した。今年の参加者は60名。過去最少人数となってしまったが、それでも毎年のように足を運んで下さる方には、心から感謝申し上げる次第だ。コンペの目的は皆さんと一緒にゴルフを楽しむことの他に、東京和泉シニアの活動運営費を募ることである。プレー費以外にコンペ費として1人¥10,000を受け取り、その半分をコンペの商品代に、そしてもう半分を東京和泉シニアの活動運営費に充てている。今年は60名参加なので¥300,000を東京和泉シニアの活動費として運用させて頂く。一種のクラウドファンディングみたいなものだ。もちろん収支報告書も作成して参加者の皆様に毎年提示している。商品は毎年豪華だ。特に優勝者には株式会社藤原刃物工芸様より協賛頂いている¥70,000相当の包丁が贈られる。何を隠そう私のカミさんの実家が包丁屋さんだ。他にもゴルフバックやゴルフシューズ、ゴルフボールといったゴルフグッズをはじめ、博多牛もつ鍋なの川恵比寿代官山店より「もつ鍋セット4人前券」、¥25,000相当の山崎ウイスキーなどなど、沢山の方々からご協賛いただいたモノがズラリと並び、コンペに彩を与えてくれている。
改めて紹介すると、東京和泉シニアの会長である小川透は、アマチュアの競技ゴルフ界ではちょっと名の知れたお人。若い頃は日本アマでベスト8に入り、アマチュアとして日本オープンに2度出場している。2010年の日本ミッドシニアゴルフ選手権では優勝を果たし日本一に。2012年の関東ミッドシニアゴルフ選手権では史上初のエイジシュート達成での優勝(68歳でスコア68)を飾り、これまでゴルフ雑誌などにも度々掲載されたアマチュアゴルフ界のレジェンド的存在である。だからそんな会長のゴルフを慕って、当コンペを始めた頃は最大130名の方に参加して頂いたほどだ。会長が年齢を重ねたこともあり(現在82歳)、これまでコンペに参加して下さった方の中にはもうお亡くなりになられた方もいるし、ゴルフの出来ない身体になってしまった方もいる。そんなことで参加人数が減ってしまっているのは仕方のないことだ。
私が後を継げれば良いのだが、ゴルフ界において会長と同じことなどとてもじゃないが出来るハズもない。仕事関係や東京和泉シニアの卒団生などに声をかけて、4組(16人)集めるのが精一杯。30年前に「130人集まった」と聞いても当時中学生だった私はピンと来なかったが、今思うと「とてつもないことをやっていたのだな」と思わされる。現在は私もコンペの案内や組合せ表を作成したり、会長と一緒に商品の購入に行ったり、それなりにお手伝いをしているけれど、60人の参加でも下準備はかなりの重労働だ。「これまで会長と父母会長が東京和泉シニアの為に尽力してきたのだな」と改めて思わされる毎日だ。二人が生きている間にもう一度くらい全国大会の舞台に連れて行ってあげたい。その舞台で東京和泉シニアのユニフォームを着て中学生達が躍動する様子を見せてあげたい。
そういえば先日、「note」というブログサービスで新たに発信をはじめた。「監督の日記」を約5年続けてきたから、その下書きとして書いているワードのデータが溜まっていることもあって、そこから抜粋もしながら、でも「監督の日記」とはまた違ったカタチで発信すること、残すこともあるかもな?と。私自身も新たなことにチャレンジしてみたいと思ったし、それにより何か勝利に繋がるヒントを得られるかも知れない。色々なところでこの日記を読んで下さっているという方と出逢う機会を頂くので、もし良ければそちらも読んで頂けたら幸いです。
第31回東京和泉シニア応援ゴルフコンペにご参加下さった皆様含め、東京和泉シニアを今後ともどうそよろしくお願い致します。